在宅医(無床診療所)向けクリニカルリファレンス

在宅1型糖尿病
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在宅で1型糖尿病を診るときの要点を、一次情報・ガイドラインに基づいて4テーマに整理。各記述に出典番号[n]を付し、末尾の参考文献に対応させています。

版: 1.0 作成: 2026-07-07 主拠: ADA Standards of Care 2025 / 糖尿病治療ガイド2024 / JDS・JGS 2016
ご利用にあたって. 本資料は在宅医の臨床判断を補助する教育・参考目的のまとめで、個々の患者への指示ではありません。用量・適応・製剤情報は必ず最新の各添付文書・ガイドライン原本で確認してください。1型糖尿病は原則として糖尿病専門医との連携(併診)のもとで管理することが望まれます。急変時(意識障害・重症低血糖・DKA疑い)は救急対応を優先してください。
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管理上の留意点とインスリン療法の考え方

大前提:1型はインスリンが「生命維持に必須」

1型糖尿病は自己免疫などにより膵β細胞が破壊され、インスリンが絶対的に欠乏する病態。したがってインスリンは血糖を下げる薬ではなく生きるために必須の補充療法であり、生涯にわたり必要です。[2][3]

絶対に外さない原則: 食事が摂れない日でも基礎インスリンは中止しない。自己中断や欠測は、数時間〜1日で糖尿病ケトアシドーシス(DKA)に直結します。[9][11]

療法の骨格:生理的なインスリン分泌を「基礎+追加」で真似る

健常の分泌パターン(一日中出続ける基礎+食事ごとに増える追加)を、注射で再現するのが基本設計です。[2]

  • 頻回注射(MDI/basal-bolus):持効型(基礎)1日1〜2回+超速効型(追加)を毎食時。在宅で最も現実的な標準。[2]
  • インスリンポンプ(CSII)/自動インスリン投与(AID):CGMと連動して基礎を自動調整。ADAは可能なら成人1型にAIDの提供を推奨。[2]
製剤の選択: 低血糖リスク低減のため、ヒトインスリンよりインスリンアナログ(超速効型・持効型)を優先する。[2]

モニタリングと調整の考え方

  • CGM(持続グルコース測定)を早期から。 血糖コントロールとQOLを改善し、低血糖を減らす。1型では基本装備と考える。[2]
  • 応用カーボカウント。 食事の糖質量に応じて追加インスリンを調整する方法で、1型の血糖管理に有効性が示されている。[3]

血糖目標:在宅(とくに高齢者)は「低血糖を作らない」を最優先に

一般成人の目標は概ね HbA1c 7.0%未満(合併症予防)。[2][3] ただし在宅患者の多くを占める高齢者では、厳しすぎる管理は重症低血糖を招き有害。日本糖尿病学会・日本老年医学会は、認知機能・ADL・重症低血糖リスク薬(インスリン、SU薬、グリニド薬)の有無で目標を分け、目標に「下限」を設けているのが最大の特徴です。[1]

高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c, %)[1]

カテゴリー(認知機能・ADL) 重症低血糖リスク薬
なし
あり(インスリン/SU/グリニド)
65〜74歳
あり
75歳以上
Ⅰ:認知正常かつADL自立 7.0%未満 7.5%未満
下限 6.5%
8.0%未満
下限 7.0%
Ⅱ:軽度認知障害〜軽度認知症、または手段的ADL低下(基本的ADLは自立) 7.0%未満 8.0%未満
下限 7.0%
Ⅲ:中等度以上の認知症、または基本的ADL低下、または多数の併存疾患・機能障害 8.0%未満 8.5%未満
下限 7.5%

「下限」は、それを下回ったら潜在性低血糖を疑い、減薬を検討するための値。目標は年齢・罹病期間・低血糖リスク・サポート体制などを踏まえ個別化する。加齢とともに重症低血糖の危険が高まる点に十分注意する。[1]

在宅ならではの実務ポイント

  • 低血糖の回避を最優先に設計する(独居・不規則な食事・認知機能低下・介護依存では、低血糖の発見が遅れやすい)。
  • レジメンは可能な限りシンプルに。注射回数・種類を減らせないか、CGMやAIDで負担軽減できないかを検討。
  • 訪問看護・家族・施設職員を「観察と初期対応の担い手」に。低血糖・シックデイ時の手順を共有し、グルカゴン(点鼻)の使い方を指導しておく。[8]
  • 糖尿病専門医と連携(併診)。ポンプ・AID・カーボカウント・SGLT2併用などの判断は専門医と協働する。
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インスリンの具体的な使い方

開始量のたたき台(成人)

  • 総インスリン量(TDD):おおむね 0.4〜0.5 単位/kg/日 から開始し、自己血糖測定・CGMを見て漸増調整。[2]
  • 配分:基礎 約50% / 追加 約50%(残り50%を毎食に分割)。これは出発点で、実測で微調整する。[2]
高齢・低体重・腎機能低下・少食では過量に注意。 上記より少なめ(例:0.2〜0.3 単位/kg)で慎重に開始し、低血糖を見ながら増量する判断も一般的。数値は目安であり、必ず個別評価を。

→ 体重を入れて概算するには 「用量の目安(計算)」 を利用。

使う製剤(アナログを主体に)

基礎インスリン(持効型/中間型)
  • グラルギン (ランタス, ランタスXR=U300/トージェオ)
  • デグルデク (トレシーバ)
  • デテミル (レベミル)

作用が平坦で長い。原則1日1回(製剤・症例により1日2回)。毎日ほぼ同じ時刻に。

追加インスリン(超速効型)
  • アスパルト (ノボラピッド)
  • リスプロ (ヒューマログ)
  • グルリジン (アピドラ)
  • より速効:フィアスプ(faster アスパルト)/ルムジェブ(リスプロ)

食事の直前に。食事量が読めない高齢者では食直後打ちで量を確定する運用も可。

※ 製品名は代表例。採用薬・用法は各添付文書で確認。低血糖リスク低減の観点からヒトインスリン(速効型R・中間型N)よりアナログが推奨される。[2]

用量を決める2つの目安(ルール・オブ・サム)

カーボカウントや補正に使う古典的な概算式。ガイドラインが定めた固定値ではなく開始の目安で、実測に基づく調整が前提です。超速効型アナログを想定。[2][3]

目安計算意味
糖質比(ICR)
「500ルール」
500 ÷ TDD 追加インスリン1単位でカバーできる糖質(g)。例:TDD 40単位 → 500/40 ≈ 12.5g/単位
インスリン効果値(ISF/補正係数)
「1800ルール」
1800 ÷ TDD 追加インスリン1単位で下がる血糖(mg/dL)。例:TDD 40単位 → 1800/40 = 45 mg/dL/単位

補正量 =(現在血糖 − 目標血糖)÷ 効果値。式は500/1800のほか450/1500・1700など複数の流儀があり、いずれもあくまで初期推定。CGM・記録を見て個別に調整する。

手技・運用の基本

  • 注射部位のローテーション(腹壁・大腿・上腕・臀部)。同一部位反復はリポハイパートロフィーと吸収ムラの原因。
  • タイミング:基礎は毎日同時刻、追加は食直前(超速効型)。
  • 低血糖対応セット(ブドウ糖・グルカゴン)を常備し、家族・訪看と共有。[8]
  • シックデイ・ルールを事前に文書で共有(→ セクション4)。
3

経口薬(飲み薬)の要否

結論:経口薬はインスリンの「代わり」にならない

1型糖尿病の治療の主軸はインスリン。 経口血糖降下薬はインスリンを置き換えられず、単独では成立しない。まずインスリン療法を適正化することが最優先。[2][3]

薬剤別の位置づけ

薬剤1型での位置づけ要点
メトホルミン ルーチンには推奨されない 1型で血糖・合併症アウトカムを改善する確立した根拠は乏しい。標準の併用薬ではない。[2]
SGLT2阻害薬
(イプラグリフロジン等)
国内はインスリン併用で適応あり DKAリスク大 下段で詳述。適応はあるが在宅・高齢では慎重に。[5][7]
SU薬・グリニド・DPP-4・GLP-1受容体作動薬など 1型は適応外(原則) インスリン分泌を前提とする薬で、絶対的欠乏の1型では基本的に用いない。使用は各添付文書の適応に従う。

SGLT2阻害薬を1型で併用するときの注意

国内では成人1型に対し、インスリン製剤との併用に限り一部のSGLT2阻害薬が承認されています。[5][6][7]

薬剤用法・用量(1型・インスリン併用)
イプラグリフロジン
(スーグラ)
50mg 1日1回(朝食前/後)、効果不十分で100mgまで[5]
ダパグリフロジン
(フォシーガ)
5mg 1日1回、効果不十分で10mgまで[6]
正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic DKA)に最大の注意。
  • インスリンの代替ではない。SGLT2阻害薬を理由にインスリンを中止すると急激な高血糖・DKAを起こす。[5]
  • 併用開始時のインスリン減量は過度にしない(臨床試験では1日量の約15%減量が推奨された)。[5]
  • 血糖が高くなくてもケトンが上がりうるため、体調不良・食思不振・脱水・手術/絶食時は休薬し、ケトンを確認。
在宅・高齢者では基本的に慎重。 脱水・シックデイの頻度、DKAの発見の遅れやすさを考えると、適応は絞って専門医と相談のうえ判断するのが無難。導入する場合も最新の添付文書・警告を必ず確認すること。
4

低血糖・シックデイの対応

低血糖への対応

区分(ADA)血糖対応
レベル1(注意域)54〜69 mg/dL
(3.0〜3.8 mmol/L)
糖質補給。放置しない。
レベル2(臨床的に重要)<54 mg/dL
(<3.0 mmol/L)
速やかに糖質補給・再検。
レベル3(重症)意識障害等で
他者の介助が必要
グルカゴン+救急。数値でなく重症度で定義

ADAは血糖 <70 mg/dL(3.9 mmol/L)を低血糖とする。[10]

意識がある場合:15-15ルール[10]

  1. ブドウ糖 15g を摂取(ブドウ糖錠・ブドウ糖含有飲料など)。
  2. 15分待って血糖を再測定。
  3. まだ <70 mg/dL ならもう15g。回復するまで繰り返す。
  4. 回復後、次の食事まで時間があれば補食(炭水化物+たんぱく質)で再発予防。

※ α-グルコシダーゼ阻害薬併用時は必ずブドウ糖(砂糖では吸収が遅れる)。重症域(<54)で自己対応が難しいときは無理に経口させず、下記へ。

意識がない/自己対応できない場合:グルカゴン+救急

  • グルカゴン点鼻粉末剤(バクスミー 3mg)を家族・介護者・訪看が鼻腔内に投与できる(室温保存・試し打ち不要・意識がなくても投与可)。注射用グルカゴンでも可。[8]
  • 誤嚥の危険があるため意識のない人に無理に飲ませない
  • 投与後も改善しなければ直ちに救急要請し、ブドウ糖の静脈内投与など医療処置へ。[8]

すべての1型患者にグルカゴン製剤の携帯・常備を勧める(介護者への使用指導込み)。[10]

シックデイ(発熱・下痢・嘔吐・食思不振など)

最重要:インスリン(特に基礎)は中止しない。 感染などのストレスでインスリン抵抗性が上がり、むしろ必要量が増えることが多い。「食べていないから打たない」は禁物。[9][11]

基本の5原則[11]

  • 基礎インスリンは継続。追加インスリンは血糖・食事に応じて増減(補正で追加することも)。
  • こまめに測る。血糖・ケトンを頻回に(不調時は1〜2時間ごと、CGM活用)。血糖が高い(目安 250 mg/dL 超が続く)ときは必ずケトン測定。[9]
  • 水分・電解質・糖分の補給。食べられなくても水分は絶やさない。
  • SGLT2阻害薬は休薬。(正常血糖DKA予防)
  • 受診・連絡の基準を決めておく。下記の危険サインで早めに連絡・受診。

血中ケトン(β-ヒドロキシ酪酸)での判断[9][12]

血中ケトン意味行動
< 0.6 mmol/L正常通常のシックデイ管理を継続。
0.6〜1.5 mmol/Lケトン産生の警告追加(補正)インスリンと水分。再検。
1.5〜3.0 mmol/LDKAリスク速やかに主治医/医療機関へ連絡し指示を仰ぐ。
> 3.0 mmol/L緊急(DKAの可能性)救急対応。DKAの診断はβ-OHB ≥ 3.0 が目安。[12]
ただちに受診・救急を考える危険サイン
  • 嘔吐が続き水分・糖分が摂れない/脱水
  • 血中ケトン高値(≥1.5、とくに≥3.0 mmol/L)や強い高血糖が是正できない
  • 腹痛・過呼吸(クスマウル呼吸)・呼気のアセトン臭・意識の低下
  • これらはDKA(糖尿病ケトアシドーシス)の徴候。1型では致命的になりうるため躊躇なく医療へ。

初期用量の目安(計算ツール)

体重(と任意で目標血糖)を入れると、開始量の概算と500/1800ルールの目安を表示します。あくまで出発点の目安であり、処方判断ではありません。必ず個別評価と実測での調整を。[2]

kg
U/kg
mg/dL

高齢・低体重・腎機能低下・少食では係数を下げて(例 0.2〜0.3)慎重開始を検討。基礎/追加は50/50を初期配分とし、実測で調整。[2]

📚

参考文献・出典

各記述末尾の [番号] が下記に対応します。一次情報・ガイドライン・添付文書・公的情報を優先しています。リンクは閲覧時点のもの。

  1. 目標値日本糖尿病学会・日本老年医学会 合同委員会「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」(2016年5月20日)
    https://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?content_id=66
  2. ガイドラインAmerican Diabetes Association. Standards of Care in Diabetes—2025, "9. Pharmacologic Approaches to Glycemic Treatment"(インスリン療法・アナログ推奨・CGM/AID). Diabetes Care 2025;48(Suppl.1):S181.
    https://diabetesjournals.org/care/article/48/Supplement_1/S181/157569/
  3. ガイド日本糖尿病学会 編・著「糖尿病治療ガイド2024」文光堂(応用カーボカウント・血糖目標)
    https://www.bunkodo.co.jp/book/52BVY69UV1.html
  4. 実地マニュアル日本糖尿病・生活習慣病ヒューマンデータ学会「糖尿病標準診療マニュアル2025(一般診療所・クリニック向け)」
    https://human-data.or.jp/
  5. 添付文書スーグラ錠(イプラグリフロジン)添付文書ほか:1型糖尿病でインスリン併用の用法・用量、インスリン中止でDKAの注意、試験でのインスリン約15%減量。(日経メディカル処方薬事典)
    https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/prd/39/3969018F2029.html
  6. 添付文書フォシーガ(ダパグリフロジン):1型糖尿病・インスリン併用の用法・用量(5mg→10mg)。(糖尿病リソースガイド 医薬品情報)
    https://dm-rg.net/guide/forxiga
  7. 解説日経メディカル「1型糖尿病にもSGLT2阻害薬の投与が可能に」(2019)— 1型適応の経緯とDKAリスク
    https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201902/559774.html
  8. 公的情報国立国際医療研究センター 糖尿病情報センター「グルカゴン点鼻粉末剤(バクスミー3mg)」— 家族・介護者・教職員による重症低血糖時の投与
    https://dmic.jihs.go.jp/medical/infomation/283/01.html
  9. ガイドラインISPAD Clinical Practice Consensus Guidelines 2022(シックデイ管理・ケトン頻回測定・インスリン中止禁止)/ NHS "Sick Day Guidance for Type 1 Diabetes"
    https://www.knowdiabetes.org.uk/resources/internal/sick-day-guidance-for-type-1-diabetes/
  10. ガイドラインAmerican Diabetes Association. Standards of Care in Diabetes—2025, "6. Glycemic Goals and Hypoglycemia"(低血糖の定義 <70/<54 mg/dL、15-15ルール、グルカゴン携帯)
    https://diabetesjournals.org/care
  11. 公的情報国立国際医療研究センター 糖尿病情報センター「シックデイ」(体調不良時の基本対応)
    https://dmic.jihs.go.jp/general/about-dm/040/060/06.html
  12. 文献Diabetic Ketoacidosis, Endotext (NCBI Bookshelf) ほか — DKA診断の血中β-ヒドロキシ酪酸 ≥3.0 mmol/L、ケトン閾値の解釈
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK620701/